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Bruce Willis's blues
ブルース・ウィリスや他ハリウッド俳優、カルチャトーレをウォッチするBlogです。


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イタリアとユアン・マクレガー、そしてブルース・ウィリスとバカ映画をこよなく愛しています。
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[MOVIE] ウォー・ダンス
公式サイト


ウガンダ北部の紛争地域パトンゴ避難民キャンプの小学校が、首都カンパラで開かれる全国音楽祭に出場するまでを追った、ドキュメンタリー映画。

ウガンダの紛争は、「ラスト・キング・オブ・スコットランド」で描かれたイディ・アミン大統領から端を発するようだが、反政府組織「神の抵抗軍」のことなどを調べると、段々何がなんだか判らなくなってくる。
リーダーであるジョゼフ・コニーが掲げるのは、「十戒とアチョリの伝統に基づく国家建設」らしいのだが、それでいてアチョリ族を圧迫もしているようなのだ。
なんだか複雑で、ちょっとWikiを読んだくらいでは理解がしにくい。



ともかく、この映画の主人公はアチョリ族の3人のこどもたちだ。
ドミニク、ナンシー、ローザ。
彼らは13歳前後の少年少女である。
しかし、映画の冒頭出てくる彼らの表情に驚かされる。
彼らの表情からはは子供っぽさが失われてしまっていた。

暗く翳った瞳。
引き結ばれてしまった唇。
強張った頬。

大人びた表情をしているというのでもない。
大人の表情でもなく、子供の表情でもない。
子供の無邪気さや、幼さや、明るさという、本来持つべきものが削ぎ落とされ、見てはいけないものを見てしまったような、そんな不安な気持ちにさせる表情を、彼らは持っていた。

ドミニクは、反政府軍に兄弟たちといっしょに誘拐された。彼は運良く反政府軍のもとから逃げ出すことが出来たが、反政府軍に自分たちと同じような無辜の民を殺すことを強要された。
ナンシーは、父親を反政府軍に虐殺され、ローザもやはり両親を殺され、その無残な遺体をみせつけられることになる。

ドミニクは言う。
「みんなは僕を英雄のように迎え入れてくれた。でも神さまは、罪を犯した僕をお許しにはならない」
ナンシーは言う。
「私は神が父親を召したことが悲しくて仕方ない」

彼らは被害者だ。
だが、一方は神に対し罪悪感を抱き、一方は神に対して怒りを覚えている。



何故、こんなことになるのか。



反政府軍の幹部が劇中で語る。何故、子供たちを誘拐するのか。
「それが悪いことだと知っている。母親が悲しむであろうことも。だが、我々は仲間を増やさねばならず、命令には逆らえない」
(※Wikiより抜粋 1980年代後半からの内戦でLRAによって拉致された子供は20,000人以上にのぼり、LRAの戦闘員の85%は11歳から15歳の拉致されてきた子供たち)



子供たちを犠牲にしてまで築き上げなければいけないものがあるのか?
そこに、どんな「正義」があるのだろうか。



何故、「国」のために人々が犠牲に成らなければならない?
「国」のために人があるのではない。
人のために「国」があるのではないか?
そこが日本という名の国だろうが、アメリカだろうが、中国だろうが、イタリアだろうがウガンダだろうが、ロシアだろうが、人は生きていけるのだ。国という概念がなくたって、人は食べるものがあり、眠ることが出来れば、生きていけるのだ。
だが、人がいなくなった「国」に、何の意味があろうか?
国を愛することと、国の犠牲になることは全然違う。
話が脱線した…。



ドミニクに「君は悪くない。君は犠牲者なんだ」と言うことは簡単だが、しかし、その言葉にはまるで意味はない。
恐らく、そんなことを言ったところで、彼の心は慰められることはないのではないか。
そんな思いが、胸を過ぎった。



だが、音楽に触れ、リズムに身を任せ、踊りだすと、彼らの顔は輝きだした。
そこには、確かに10代の子供たちのすがたがあった。
白い歯が零れ、大きな瞳がきらきらと輝く。



生きて欲しいと、無力さに打ちひしがれながらそう思う。
先進国に生まれた私と、ウガンダに生まれた彼ら。「そこに生まれなければならなかった」理由はない。
私はウガンダに生まれる可能性もあり、彼らは日本に生まれる可能性もあった。
彼らの現状は、彼らの運命なのか?
彼らが甘受せねばならないことなのか?
多分、私は呑気に日本で生き、そして無意味に死ぬ。
彼らの生に涙を流しても、積極的に行動を起こすことはない。
私は先進国と呼ばれる国に生まれ、無意識に彼らから搾取し、それを知っても自分ができることを、可能な限りやってみようかと思うくらいだろう。
彼らに明るい未来が来て欲しいという思いと、私が今の生活レベルを替えたくないという思いは、同時に共存し、故に、私は苦しい思いになるが、それすらも恵まれたことなのだと暗い気持ちになる。

でも、もし麻生太郎が「世界の貧困を緩和するための対処を施す副作用として、日本では洋食が食べられなくなり、日本の国民は、朝食に白米と梅干しか食べられなくなります」と言い出しても。
その対策で本当に貧困国の人々に食料が回るようになるのだとしたら、私は受け入れたい。むしろ、そんなこと麻生の太郎が言い出したら、感動して泣いてしまう。自民党に投票してしまうかもしれない。

ワールドビジョンに参加して、もうすぐ1年になる。
世界恐慌の足音が聞こえる気がしなくもないが、私の生活にはまだ余裕がある。映画なんか見ているのがいい証拠だ。
最後のギリギリまで、これは続けたいと思う。
自分の涙が、偽善だと判っている。
消極的で受動態で他力本願だけれど。
だが彼らに幸せになってもらいたい。
偽善だといって何も行動しないよりかは、偽善でも何かした方がましだと、私は自分に言い聞かせる。所詮、自分に対する免罪符に過ぎないのかもしれないけれど。それでも、これで救われるなにかがあって欲しい。



とりあえず、明日は「トロピック・サンダー」を見に行く予定だが、見に行きづらいというか、見に行ったとしても、レビューを書き辛いと言うか。
まぁ…更新するんでしょうけどね。
この胸の痛みもいつしか忘れて、考え無しにバナナ食べるんだろうけどさ。



バナナってウガンダの主食らしいですが、エネルギーはあっても栄養ないんだって、バナナ!
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